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最高裁判所大法廷 昭和26年(あ)1897号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

弁護人小泉英一、同桝井雅生の上告趣意及び同追加は別紙記載のとおりである。

右上告趣意第二点及び第三点について。

所論はいずれも原審で主張判断を経ない事項であるから上告適法の理由とならない。

しかしこの点につき職権により調査するに、

本件犯行当時の関税法(昭和二三年法律一〇七号により改正された明治三二年法律六一号)八三条一項は、「第七十四条、第七十五条又ハ第七十六条ノ犯罪ニ係ル貨物又ハ其ノ犯罪行為ノ用ニ供シタル船舶ニシテ犯人ノ所有又ハ占有ニ係ルモノハ之ヲ没収ス」と規定していて、その文理のみからすれば、犯人以外の第三者の所有に属する同条所定の貨物又は船舶でも、それが犯人の占有に係るものであれば、右所有者たる第三者の善意・悪意に関係なく、すべて無条件に没収すべき旨を定めたもののごとく解せられないことはない。しかし所有者たる第三者が同条所定の犯罪の行われることにつき、あらかじめこれを知らなかった場合即ち善意であった場合においても、なお同条項の規定により第三者の所有に属する貨物又は船舶を没収するがごときは、犯人以外の第三者の所有物についてなされる没収の趣旨及び目的に照らし、その必要の限度を逸脱するものであり、ひいては憲法二九条違反たるを免れないものといわなければならない。即ち上記関税法の条項は、同条所定の貨物又は船舶が犯人以外の第三者の所有に属し、犯人は単にこれを占有しているに過ぎない場合には、右所有者たる第三者において、貨物について同条所定の犯罪行為が行われること又は船舶が同条所定の犯罪行為の用に供せられることをあらかじめ知っており、その犯罪が行われた時から引きつづき右貨物又は船舶を所有していた場合に限り、右貨物又は船舶につき没収のなされることを規定したものと解すべきであって、このように解することが犯人以外の第三者の所有物についてなされる没収の趣旨及び目的に適合する所以であり、また、かく解すれば、右条項は何ら憲法二九条に違反するところはない。

しかるに、本件においては、第一審判決は、被告人等が同判決判示第二の貨物を不法に密輸出しようとした犯罪行為に供した船舶第三飛竜丸を没収する旨の言渡を為し原判決も亦右第一審判決を維持している。そして、本件記録に徴すれば、右船舶第三飛竜丸は、第三者たる桜水産株式会社の所有に属することがうかがわれるのであるが、原判決の是認した第一審判決は、右船舶の所有者たる桜水産株式会社において、右船舶が本件犯罪行為の用に供せられることをあらかじめ知っていたか否かの知情の点については、何らこれを明確にしていないのである。してみれば右船舶第三飛竜丸を没収する旨言渡した本件第一審判決及びこれを是認した原判決は、前記関税法八三条一項の解釈を誤った違法があるか、又は右船舶没収の前提要件たる知情の事実を確定しない審理不尽の違法があるものであって、原判決及び第一審判決は、この点において、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

よって、爾余の上告論旨に対する判断を省略し、刑訴四一一条一号により、原判決及び第一審判決を破棄し、同四一三条に則り、本件を横浜地方裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官斎藤悠輔を除くその余の裁判官一致の意見により主文のとおり判決する。

裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。

本件犯行当時の関税法(明治三二年法律六一号)八三条一項が、第七十四条、第七十五条又は第七十六条の犯罪に係る貨物又はその犯罪行為の用に供した船舶にして犯人の占有に係るものはこれを没収する旨規定したのは、犯人に対しその占有に基づくかかる貨物又は船舶の使用、収益を禁止する趣旨と解さなければならない。けだし、犯人に対する刑事手続において、刑罰は犯人自身に対し科するものであって、犯人以外の第三者に科すべきでないことはいうまでもないし、また、貨物又は船舶の所有者でない犯人から所有権を剥奪するといってみたところで犯人に対する制裁として無意味に帰するからである。されば、原判決の維持した第一審判決が別表第一、第二記載の物件を没収する旨言渡したのは、被告人に対し如上の使用、収益を禁止する趣旨と解すべく、従って、該判決は、被告人でない第三者の所有権に効果を及ぼすことなく、何ら憲法二九条に触れるところないものといわなければならない。多数説は、没収とは常に所有権剥奪のみを意味するもののごとくであるが、わが刑法における没収とは、例えば偽造手形の没収のごとく真正な文書としてこれを使用することを禁止するに止まり、偽造手形そのものの所有並びに偽造手形としての権利行使のための使用(手形法七条、六九条参照)を妨げるものでない場合もあるのである。それ故、わが刑法の解釈として没収を所有権剥奪のほか広く使用等の禁止をも意味するものと解して毫も差支えないものというべきである。

また、多数説は、前記関税法八三条一項を解して第三者たる所有者が悪意であるときは、その所有者に対しても貨物又は船舶を没収しうることを規定したものとする。しかし、この解釈は、旧関税法八三条一項の法文に全然副わない曲解であって、徒らに新関税法一一八条一項の規定に無批判的に追随せんとするものである。すなわら、仮りに、第三者たる所有者が悪意であったとしても、ドイツ刑事訴訟法四三〇条、四三一条のごとき訴訟手続規定を設け、その没収につき所有者を訴追した上、被訴追者をして意見、弁解、防御等の機会を与えることなしに、その所有者に対し没収を科するがごときは、裁判の本質に反するばかりでなく、正に憲法三一条に違反するものといわなければならない。されば、ドイツ法のごとき手続規定を欠くわが新関税法一一八条一項の第三者である悪意の所有者に対する没収規定(刑法一九条二項但書も同様である。)は、適用のできない空文であり、従って、これに追随する多数説も失当である。占有者である犯人に対する刑事手続においてその犯人に対しなされた貨物又は船舶の没収の言渡が第三者たる所有者にその効果を及ぼさないことは、刑訴四九七条、三四七条四項等の規定からもこれを窺い知ることができるのである。それ故、わたくしは、多数意見に賛同できない。

裁判官栗山茂、同岩松三郎、同谷村唯一郎および同本村善太郎は、いずれも退官のため評議に関与しない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 真野毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己)

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